ちんたら村 村長のブログ

村づくりのあらゆるプロセスを共有します

「自然との戦いと恩恵と共存」

 

私は自然を守りたいと思った。

 

必要な命だけをいただいて生きていきたいと思った。

現代社会の仕組みから抜け出して、山で自給自足をして

自然の摂理に沿って生きればそれは叶うと思っていた。

村生活をする前は、、、、、

 

 

頭の中で理解し考えていることは

本当にちっぽけで、現実は複雑だ。

 

理想がことごとく覆される日々。

私は「自然」というものを知らなかった。

「生き物」というものを知らなかったのです。

 

 

理想を胸に、自然と相対した時

何が現実で、何が妄想なのかわかるようになってきた。

 

自は己

然はその通り

己の通りが「自然」という漢字の持つ意味だ。

 

いくつもの己が道理を通そうとするのが自然である。

 

 

「自然との戦いと恩恵と共存」始まり始まり

 

 

皆さんは「自然との戦い」を経験したことがあるでしょうか?

夏場のキッチンに沸く小蝿との戦いを例にすると

今でも世界中で小さな戦いが起きている。

 

「戦い」という言葉が気になる方がいるかもしれない。

しかし私はあえて「戦い」と書くことにした。

 

人間の財力と知恵にものを言わせて、コバエホイホイやスプレーによって小蝿は住処を奪われる。

 

人間にとっては大したことがないことも他の生物にとっては必死なできごと。

 

今世界中でコロナウィルスと戦っている。ウィルスは生物じゃないという人がいるが

その戦いの構図は本質的には同じだと思います。これを生き物同士の戦いと呼ばずしてなんと呼ぶのか

 

村では

 

村民VS鹿

の戦いがあります。

 

鹿が山の至る所で大便をする。最近では村の中に入ってきてする。

 

村の番犬「才蔵」が夜通し「ここは僕たちのテリトリーだ!」「入ってくるな!」とワンワン吠えても鹿はテリトリーを侵略し人の敷地に入ってきて

 

うんこをする。

 

翌朝、才蔵も負けじとそのうんこの上にうんこをする。「ここは僕の縄張りだ」とマーキングをして回っている。

 

うんこ合戦である。

 

犬の方が本能的に物事がよくわかっている。

なぜ鹿をテリトリーに入れてはいけないのか、人間の私は知らなかった。

鹿のうんこにどんな地雷が含まれているか、、、、

 

 

ある初夏の晴れた日。草っ原で才蔵と一緒に寝っ転がって遊んでいた。

 

途中で才蔵の口にニョロニョロしたものがくっついていた。

「おいおいなんで口にナメクジついてるのに気づかないんだよ」と笑いながら取ろうとしたが

触っても取れない。

 

ひっぱてみるとキュポンと取れた。

 

それはヒルだった。

自分の足を見てみると血が流れた跡があり自分も吸われていた。

 

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家に帰って才蔵をグルーミングしていると

 

たわしの隙間に挟まる毛の

その間に小さな点々がいくつも見られた。

 

よく見ると足がウネウネ動いている。

 

マダニである。

 

すぐさま調べてみるとヒルやダニから犬にかかる感染病は数多く存在し中には人にかかるものも多く存在する。

 

すぐさま動物病院に行き保険のきかない高い高いワクチンとダニよけの薬を才蔵に飲ませた。

 

 

さらに調べてみると

ヒルは鹿のうんちから

マダニは猪や鹿などの獣の体から

 

土地に運ばれてくる。

 

畑の野菜を荒らされるくらい対したことない

柵をすればいいのですが、、、、

 

「なんとか鹿と共存できるようにはなれないのだろうか、、」と

もののけ姫のアシタカのようにそんな未来を思い描き村の暮らしを始めたが

 

 

生き物というものは本当に強い。一瞬の隙を見せると、どんどん侵食してくる。

己の道理を通そうとしてくるのです。

 

マダニとヒルが飼い犬に寄生し

数を増やし来年はさらに多い数のやつらが襲ってくることを、、、

 

鹿の個体数は年々増え続ける。それに付随してヒルやマダニも増えていくのです。

 

 

これはもはや戦いである。

 

 

それは雑草も同じ

虫も同じ

 

その他にも様々な手で

自然は「のんきに生きている私」に対して

侵略をし続けてきている。

 

都会にいた時には気がつかなかったが

税金で街をキレイに整備しているから

自然を寄せ付けないだけ

 

 

しかし、自然は侵食してくるだけではない。

 

アレルギーと寄生虫の関係を例にすると、衝撃的なぶん伝わりやすいと思うのどうかお聞きください。

 

昔ながらの農法ではなく

農薬や科学的な要素を加えた近代農法に変わった戦後

 

日本から寄生虫病の件数が急激に減少した。

 

それまでの日本人の7割が寄生虫を体に宿し、子どもたちも小学校で年に一度薬草を煎じた汁を飲まされお尻の穴から寄生虫を取り出して学校に提出するという行事もあった。

 

人糞を肥料とした畑や漁業の盛んな日本の食文化では体の中に寄生虫を宿していることは珍しいことでもなかったのです。

 

それから何十年もたち寄生虫は日本人の体からいなくなりました。

 

 

しかし、昨今のオーガニックブームにより寄生虫病の件数が増えてきていると

寄生虫専門医の藤田紘一郎氏は述べています。

それもかなりの件数で増えているとのことです。

 

そして医学界では寄生虫が日本人の体からいなくなったことでアレルギー症状を引き起こしているとの見解が支持されています。

 

この寄生虫と人間の体の関係を知った私は

はじめ驚き、怖くなり、自分の腹に手をおきました。なぜなら人糞の肥料活用、ジビエの活用を自分の食生活に取り入れていたからです。

 

 

しかし落ち着いて考えると

自然とはそういうものなのではないか、と考えることもできます。

 

元々体の中には様々な細胞や菌が共存している。オーガニックの野菜を好んで食すということの

主義主張の本当のところにはこの生き物との共存という概念があることを知りました。

 

 

 

そしてその「共存する上での恩恵」を感じる日々も続いた。

 

湧き水や土地の食べ物(野草や山菜、ジビエ、田畑でとれる穀物や野菜)はもちろんだが

 

現在の古民家ブームにあやかっている人は実感していることかもしれない

 

日光の入り方、綺麗な水を入手できる井戸、高床式&軒下のある床の構造、湿気をコントロールする土壁や障子や畳、風の通る立地

 

100年以上立ち続ける民家には自然の「恩恵」を多く受け取れる仕掛けがいくつもなされていた。

 

それはどれも共存するためのバランスが取れる設計がなされています。

 

風も日光も水も

生き物も、こちらの関わり方次第に受け取り方が変わるのです。

 

 

戦いだけでも「共存」は考えられず、恩恵だけでも考えられない

 

二つを経験して初めて「共存」とは何かを考えられるようになる。

 

 

だからこそ自然に触れることは大人にとっても子どもにとっても大切なのです。

 

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いくつかエピソードをあげましたが、

 

「自然との戦いと恩恵と共存」

 

これは人類が生きていく上で

最も基本的な「道理」だと考えています。

 

村で暮らしていると

このように周りの環境から様々な「戦い」と「恵み」と「共存」の知恵が

生まれてきます。

 

四季を通じてそのバリエーションはとても豊かにあります。

 

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子どもは大人の姿をよく見て

それを「真似」します。

 

以前勤めていた保育所

1歳児が掃除をする大人の真似をして

落ちていたスギッぱを持って土の上をはいている姿がありました。

 

自然の中で暮らす大人たちは

日常的に様々な仕事をします。

 

その動作を子どもたちは遊びとして「真似」をします。

 

大人が自然の中で暮らすには先ほどの「自然との戦いと恩恵と共存」

で述べたような要素があります。(ここは思考力を養うことや問いとしてもとても面白い)

 

子どもの思考力が芽生えた時に「現代の自然の中で暮らす大人の姿」やそこでの問いに触れることは「身近であり、本質的なもの」ばかり。

 

大人は答えを求め、環境に関わり

かつ

答えを子どもに押し付けない。あえて問いを残す

 

そんな環境を作れた時

「自然との戦いと恩恵と共存」ということを否応にも考えさせられる村での暮らしは

 

子どもたちにとっても探究的かつ、生きた知恵と人生の土台をはぐくめるのではないかと考えています。

 

猪やアライグマなどの解体動画はこちら

youtu.be

 

村保育と「自然」の関係

村の中で保育を行えば

日本一質の高い保育環境を作れる。

 

質の高さの要因として真っ先に思い浮かんだのが「子どもと自然の関係性」です。

 

保育業界では長らく子どもが自然に触れる機会を大切にしてきており

なぜ乳幼児期にとって自然との関わりが重要なのかについての研究も数多くされています。

  

 

なぜ子どもにとって自然環境が良いかを理解するためには

「子どもとは何か」を理解する必要があります。

 

少し遠回りに感じるかと思いますが、人生、遠回りが大事です。

 

ちんたらしようぜ。ということで書き進めて行くとしましょう。

 

 

 目次

1、そもそも子どもとは

2、子どもの遊び環境について

3、里山の遊び環境の質

 

 

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それでは始めに

 

 ●そもそも「子ども」とは

 

18世紀後半の西洋社会(産業の著しい成長が文化を押し上げた時代)

哲学者ルソーは「エミール」という本を通して社会に新しい子ども像を投げかけた

 

 

それまで社会が捉えている子ども像は

・「労働の担い手」としての子ども(子どもは働くことが当たり前でした)

・大人よりも子どもが劣っているという「未完成な大人」という考えが主流でした。

 

近代化が進むにつれて労働環境や家庭環境が大きく変わった18世紀

働かされていた子どもの環境は先の子ども観からも分かる通り、大人との主従関係が先に出ていたので劣悪なものになっていきました。

 

それに対してSTOPをかけたのがルソーです。

ルソー エミールの一節

 

人は子どもというものを知らない。子どもについて、まちがった観念をもっているので、議論を進めれば進めるほど迷路にはいりこむ。かれらは子どものうちに大人を求め、大人になるまえに子どもがどういうものであるかを考えない。

 

 

大人の経験や知識を元に子どもを捉えるのではなく

「子どもは一人の人間であり」

「子どもには子どもの文化がある」

といった思想をルソーは投げかけました。

 

ルソーは子どもを観察し続け、子どもがよりよく育っていくには

どのような環境がいいのかを模索し続けたのです。

 

 

ルソーの考え方から影響を受けペスタロッチ、フレーベルと続く研究者たちが

子ども主体の教育環境を提唱し

 

その後、エリクソンマズローフロイトピアジェらにより

人の発達が明らかにされていく過程で子ども特有の発達過程が解明されてきた。

 

 人間の高度な発達の一つ一つは乳幼児期にその基礎があります。

「人を愛すること」「人生を楽しむこと」「健康的な生活を営むこと」

その一つ一つが乳幼児期の時から「周りの環境」を通して育まれていくことがわかってきたのです。

 

 

●子どもの遊び環境について

このブリューゲルの「子供の遊戯」1560年の絵画をご覧ください

街中で遊ぶ子どもたちの姿が描かれていますが、研究者たちはこの遊びの種類の多さに驚きました

 

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この絵の中には86種もの遊びが描かれており、子どもの遊びの豊かさを表しています。

 

子どもが街にあふれていた時代には、こんなにも豊かに子どもが遊んでいたのです。

 

さて

現代の街中や住宅を見てみよう

 

街中は

なぜ地面はコンクリートなのだろうか

なぜごみはひと所に集めているのだろうか

車とはなんだろうか

公園とはなんだろうか

 

 

住宅は

なぜテーブルが高いのだろうか

なぜドアがあるのだろうか

テレビやパソコン、スマホはなぜあるのか

 

 「子供の遊戯」の絵画にある遊びの種類と比べて

現在の生活地域で子どもの遊びは何種類ほど上げられるでしょうか?

 

なぜ子どもにとってこんなにも過ごしにくい環境になってしまったのか

 

 

1980年代以降、道路の整備、都市化、道路法の改正により子どもの遊び場は公園へと追いやられ、昨今では公園遊具の撤去や公園の撤去など、子どもの遊びが社会的に軽視されていることはが伺えます。

 

スイスの研究には「道で遊んでいる方が社会性を身につけているという調査結果」も存在し、その研究では「専用の遊び場で身近な道路および周辺での遊びの代替はなし得ないことも明らかである。」ということも加えて述べられている。

マルコ・ヒュッテンモーゼル(マリエ・マイエルホフェル小児研究所、チューリヒ:スイス) 子どもと生活環境:子どもの日常生活と発達に関する生活環境の意義についての実地研究 Children’s Environments 12 (4), pp. 1 – 17, Dec. 1995

 

 

ドイツ、オランダの取り組みでは1970年代ごろから子どもが道路で遊べるような保証がすでになされており日本も当時行っていたが公園の整備が進むにつれて「道路で遊ぶこと」は禁止の方向に進んでいき、、、、現代の「遊びの貧困」と呼ばれるような事態になっているのです。

 

話を最初に戻します。

 

では

現代の住環境や暮らし環境はどうでしょうか?

 

子どもにとって安心な環境の中で自由に遊べるものでしょうか?

 (大人にとって安心な環境ではありません)

 

 

里山の遊び環境の質

水遊びを例にあげてみましょう。

 

日本は雨が多く、自然のある環境で暮らしていると水はそこら中に流れている。

田んぼのあぜ道、用水路、自然に作られた水の通り道、湧き水、川

 

保育士が里山の環境の中で年齢に即した水遊び場を作ることで、子どもたちはより自由に遊べる環境が保証されます。

 

先日集落で2歳の子ども(ここではT君とする)と関わっている中で水に関する衝撃的な発見がありました。

 

動画はこちら。概要欄の3:44〜をクリックしていただけるとその場面に飛べます

https://youtu.be/x1PHauOE7AY

 

T君は家の水道や神社の手洗い場などで水の存在を発見すると、水に吸い寄せられるかのごとく水遊びに夢中になります。

 

そんなT君がある日

山を散歩中に伐採された竹の付け根に雨水が溜まっていることを発見しました。

木の棒をもち竹の中にたまる水をかき回して遊び始める。

もともと竹の中に入っていた枯葉や屑がかき回される。

 

時には周りにある木のみを入れたり、木の棒に着く水を「ピン」と飛ばしたり、

 

その日T君は

20分もの時間

集中して偶然にも見つけた「竹の水たまり」で水遊びを堪能していた。

(2歳児が20分間集中することは稀である)

 

 

ここで注目したいことは

T君は「竹にたまる少量の水(精々200ml)」で満足した。ということです。

家の水道や神社の手洗い場で遊ぶ時にT君が「少量の水」で満足することは無いといってもいいでしょう。

 

しかし今回の遊びでは「竹にたまる水以外周りに水はない」ということや「竹は地面に生えていて動かせない」ことによりコップのようにひっくり返して水を外に出せない。といった状況があった。

そこに不便さがあった。

 

その他にも「細い木の棒を折らないように力加減をしながら水をかき回す」「木の実などの細かいものをつまむ」「使ってく中で壊れていく物に触れる」など、自然物のもつ多様性とその刺激がT君にとっては不思議で興味深い物だったのではないでしょうか。

 

そしてそのような不便さがありながらも遊んでいるT君の姿は

「安心して自由に」遊んでいたのです。

 

いくつもの要素が噛み合って偶発的にもT君にとって充実した時間になった雨水での水遊び。

 

この自然環境が作り出す偶発的な遊び場は、偶発的に起こる乳幼児の興味に対する応答性が高いと私は考えます。

 

また「ただの自然」と「里山の自然」の違いは

人が手を入れているか否かにあるのですが

 

人が手を入れた自然はある意味では余白が生まれ、混沌(カオス)が生まれます。

そこが子どもにとって最高の遊び場になると考えています。

 

先の例においても

大人が山の整備で竹を切ったことで

水が溜まる竹が生まれたのです。

 

子どもが主体的に遊べる環境の一つとして、里山環境の力は計り知れない。

 

 

 それは大人が設計した街中の環境や公園よりもはるかに

遊びが発展し、子どもが自由感を持ち、主体的に遊び込める環境ということです。

 

身近な環境に自ら関わり、体と心を動かしながら「遊ぶ」

近代化の波によって子どもの自由な遊び環境は今もなお大きな影響を受けています。

 

それを打開する方法として「里山の子育て環境」は一つの豊かな実践になると確信しています。

 

 

次回のブログからは研究の紹介ではなく

実際に里山の暮らしの中からエピソードをあげて

「自然」をテーマに文章を書いて行こうと思います。

 

 

次は「自然との戦いと恩恵と共存」です。最後まで読んでくださりありがとうございます。

 

p.s.

以下、私が学んできた文献の中で面白いと感じた文章を抜粋して載せたいと思います。

物好きの方向け

 

「模倣から教育を再考する」 佐伯 胖(青山学院大学社会情報学部教授)

https://www.blog.crn.or.jp/kodomogaku/m/pdf/26.pdf

文章中段の

研究者のビクトリア・ホーナー(Victoria Horner)の研究が特に

 

 

村保育 はじめに

ちんたら村を作ると決めた時

「村のような環境」が

子どもの育ちにとって

最も適していると考えていたわけですが、

 

 

 

その根拠はほとんど

持ち合わせていなかった。

 

 

持ち合わせていなかったというのは語弊があるかもしれない。

訂正します。根拠はあった。

 

 

しかし

 

 

 

それを言葉にする力がなかった。

 

 

話は変わります。

 

 

 

保育学生をしていた時に私の心を射止めたのは

「猿」の研究でした。もう一つは「人」の研究でした。

 

チンパンジーの赤子は生後

母親にぴったりとくっつき

母親にずっと抱っこされたまま育ちます。

 

人とチンパンジーの遺伝子はほぼ同じでありますが

 

人の子育ては違います。

 

産婆さんが赤子を取り出し、その後母親から離されます。母親にも世話をされますが、父親も世話をします。おばあちゃんも、なんだったら母親の友達が世話をすることもできます。

こういった母親以外の人でも子どもを育てられる。という特徴が

「人」という生物には備わっています。

 

人はみんなで育てられる。それが人間の特徴です。

 

社会的微笑を3ヶ月の赤ちゃんがし始めるのはなぜでしょうか?

それは、いろんな人に可愛がってもらうためです。

 

地球の生物の中で人間だけ

どうしてこれだけ発達したのか。理由を知りたかった。

 

そうして人の特徴を学んで

現代社会に当てはめた時に

 

その特徴にそぐわない現実が多く見つかった。

 

机上の空論ほどつまらないものはないので

 

大学卒業後

保育の現場に勤めてみると

 

そぐわない現実の中で葛藤する

 

子ども、親、保育者がいた。

 

人の発達にあった環境を

と保育の現場の中でも文献を漁りながら

試行錯誤をしていると気づく疑問

 

なぜこのシステムなのか

 

保育の歴史を思い出すと

そこに子どもの発達に対する配慮よりも

社会の大きな変化の流れの中で後追いする形で始まったのが「保育」というシステム

 

保育のシステムはほとんど変わらず

 

今でも使われている

保育所保育指針は「保育園」という環境の中で子どもを育てた場合の大まかな発達を記している

(数年前に改定して内容は変わりました)

 

 

 

保育園とはまた別の形で子どもを育てた場合

全然異なる発達の姿があるのではないか

 

そんな仮説が生まれました。

 

 

 

1歳児の子ども六人に対して一人の保育者という人員配置ではなく

村のおじいちゃんおばあちゃん

先に生まれたお兄ちゃんお姉ちゃん

様々な人的環境の中で子どもが育った場合

どんな発達の姿があるのか

 

 

5歳児の子どもが30人の同い年だけのクラスの中で育つのではなく

もっと多様性にあふれた環境で育ったら、、、

 

村の構想を思い浮かべた時に

子どもたちにとって保育園や幼稚園よりも良い環境を作りたい

親御さんにとっても保育園や幼稚園よりも良い環境を作りたい

 

村ができたら、そんな環境に必ずなる

 

いや

想像よりもはるかに面白くパワフルな子育て環境になる

 

 

そんな保育環境を作るために

 

 

次のブログからは

村づくり初めから現在までに

 

考えた

 

「なぜ村で子どもが育つと良いのか」

 

をまとめていこうと考えております。

 

村を一つ作るだけでは

この構想が実現した時の未来は

そんなに面白くない。

 

この村が全国、全世界にできるために

しっかり言語化していきたいと思います。

 

 

現在入院中のため

ゆっくりちんたら文章をまとめております。

先輩方に敬意を

 

日本は少子化が進んでいる。

 

日本は不景気が続いている。

 

ものごとには浮き沈みがあるもの

盛者必衰の理

 

かつては戦争に負けて

焼け野原になった東京が

今では世界中から人が来ている。

 

僕らが今こうして豊かな生活を送れているのも

先輩たちの研鑽ゆえ

 

しかし、今縮小の道を辿っている。

 

そんな中でも

僕らにできることは

子どもが豊かに育つ場所を作ること

 

先輩たちから受け継いだものをひっさげて

今を積み重ね。50年後の未来を作る。

 

https://youtu.be/lmPImfAPXYM

 

応援よろしくお願い致します🙇‍♂️

 

 

スエットが欲しいんです。

どうも。こんにちは。和志です。

 

寒暖差があるここ数日

鼻水が出るようになったり、くしゃみをしたり、、、、

風邪をひいている感じではないけども、体が冬の気温に向けてチューニングしている様子を感じます。みなさんも冬に向けて体の変化を感じていますでしょうか?

 

そんな中

私、最近、服が少なくなってまいりました。

 

もともと持っていたパンツは7枚

そのうちいくつか穴が空いたのですが

 

このパンツはどんな風に穴が空くんだろう?と

 

パンツに穴が空いていく様を楽しんでいたのですが

気がつくとお尻前面に穴が広がっておりました。

 

ちんたら村には風呂がなく、よそでお風呂に入ることが多い中

ちょっとの穴はさっと脱いでさっと履けばごまかせたのですが

 

お尻前面空いている様はごまかせないだろうとの判断で

 

やむなく穴あきパンツはお役御免になったのでした。

 

そんな感じそのほかの洋服も

最後に購入したのは昨年の夏のTシャツ3枚だけ

 

東京に行くときも若干汚いジーンズや

なんとかごまかせないかというシャツを着て

今風の若者っぽさを出せないかと工面しておりました。

 

服を買うことに関して

最初に疑問に感じたのが3年前

 

ユニクロに行くと毎年冬になり大量の冬製品が並んでいて

その度によくヒートテックを買い込んでいました。

 

安い安いと買ってはいたものの服を作る工程と買い換えられる間で

どれだけの服が消費されているんだろうと疑問に思いました。

 

その時は服でいろんなファッションを試してみるのも好きで

古着屋さんで結構買ってもいて

 

自分の消費量を減してみようと心に決めて

 

いまの生活があります。

 

 

今では持っている靴も0個に

 

様々な消費を減らしてきて自分に怒った変化は

「貧乏性になったこと」

 

良い言葉が思いつきませんが

衣食住にお金をかけることを拒む傾向があるっぽいです。

 

自分は消費をしないで豊かな生活を送るんだと

 

そんなライフスタイルを夢見ていた当時

 

そしてそんなライフスタイルが身についてきた今

 

ワークマンに行きあったかいズボンの値札を見てみると「1900円」

セカンドストリートの安い長ズボンのところに行くと「800円」

 

全然安いのに、、、

 

買うことをためらってしまいます。。。

お金のことを考えてためらってる節もあります。

 

でも、、、その心の拠り所は

 

きっと僕の友人や身の回りの人で

いらないスエットを持ってる人がいるんじゃないかという

 

もらえるんじゃないか?という気持ちです。

 

消費を減らすライフスタイルを心がけた結果

下心が芽生えています。

 

これがいい変化なのか悪い変化なのか

 

わかりませんが、、、

 

どなたか

村に来る際に

もう着なくなった冬のお洋服がありましたら

譲っていただけたら

嬉しいです^^;

 

消費を減らす生活は

 

これからも続く

 

 

 

 

 

 

保育士として子どもと遊ぶ面白さ

 

こんばんは。ちんたら村の和志です。

 

台風は無事に回避できても

迫り来る気温の変化

 

冬将軍の足音がズンドコ聞こえてきております。

 

そんな冬将軍(秋将軍?笑)に対して

こちらもズンドコ足音を立てながら室内で踊って体を温めて寒さを克服できたら、、、なんて考えるくらい

 

早くも寒さにお手上げな生活が始まっております。(フル装備のコタツから抜け出せません)

 

そんな近況もさておき

 

村での活動を進めて2年半

 

『初めてお子さんを1日預かることができました。』やった!やった!

 

里山で子育てできる場所を作るんだー!

村を作るんだー!

 

と言いふらしていた時には

正直子どもを預かっている姿を

望んではいたけれども

 

全くイメージできていませんでした。

 

 

どんな形で保育がスタートできるんだろう??

子どもたちやお父さんお母さんたちとはどんな出会いなんだろう??

 

これから作る未来が未知すぎて

とてもワクワクしていたあのころが懐かしい

 

やっとこさ保育にこぎつけました。

 

村開始から初回だった今回の保育は

お子さんの様子や様々な状況を加味して

ご家庭に出向いてお家の中で保育をさせていただきました。

 

朝車でおうちに向かっている途中は

久しぶりの自分のフィールドでの仕事に

武者震いを少し感じていたほど

 

期待もあり、緊張もありな心持ち

 

実際にお子さんと一緒に遊びだすと

保育をしていたころの感覚が蘇ってきました。

 

目の前の子が

何を望んでいるのか

何をやりたいのか

どんな性格なのか

 

それを察知することに感覚を使い

 

ここかな?と思うところに一手をうっていく

 

遊びを引っ張らずに

引き出していく感覚

 

2歳の子と同じ目線に立てた時の喜び

そこから一緒に遊びを共有する楽しみ

 

一歩引いてその子の世界を壊さないように見守り観察する楽しみ

 

この子はこう考えているのかな?

遊びを引っ張りすぎていないかな?

この仕掛け方はどうだろう?

 

一語文のコミュニケーションをする人と

遊びを通してコミュニケーションを交わす面白さは

 

表情

声色

動き

ノンバーバルなコミュニケーションを交わす面白さ

 

保育士を経験した人じゃないとなかなか味わえないと思います。

 

前職では30人の子を1人で見ながら

自分の能力の範囲で出来る限り一人一人を把握して、その時できる援助をして過ごしていましたが、今回の相手は1人。

 

考察にも力が入ります。

次はこうしよう。そんな手応えがいくつもあってまた次遊ぶ日がとても楽しみになるのも保育の醍醐味。

 

好きな遊びの系統を掴んで

環境を作ってみて

 

そこで子どもが遊び出して

好きな遊びだからこそ、粘り強く遊びこむ姿を引き出せた時は心の中でガッツポーズ

 

 

やっぱり、僕は保育が大好きで

村で子どもを預かれるようにしたいと

あらためて強く思いました。

 

各年齢ごとや環境によって遊びの質が異なる

保育の世界

 

これからも探究したいなと思います。

 

 

ちんたら村の村民

 

こんにちは。ちんたら村の和志です。

 

今日はちんたら村の理想コミュニティについて

つらつらと書いていこうと思います。

 

ちんたら村が目指すvisionの一つに

 

誰もが

ちんたらした人生を生きれる未来を作りたい。

 

というものがあります。

ここでいう「ちんたらした人生」とは

その人が思い描く人生と言い換えられます。

納得度の高い人生とも言えるでしょうか。

 

自分がやりたいと心から思えるもので生きていくこと

 

ある時は人生と戦ってもいい

逃げてもいい

遠回りをしてもいい

人に頼ってもいい

間違ってもいい

周りに馬鹿にされてもいい

 

人生の中で起きる様々なことに対して

自分のペースで生きていける。

自分の思いで生きていく

 

思い通りにいかないことが多いのが世の常ですが、そんな中でも自分の納得感を模索しながら生きていくその過程を大事にする

 

それを僕らは「ちんたらした人生」と呼んでいます。

 

さぁ、

そんなちんたらした人生を生きれる環境を作るためにはどんな仕掛けが必要でしょうか?

 

子どもたちがちんたらした人生を謳歌できる世の中を作るためにはどうしたらいいでしょうか?

 

 

僕らが目指す答えは

 

大人がちんたら生きている姿を

子どもに見せること

 

これに尽きると考えています。

 

大人一人ひとりが真剣に

自分の納得感を大事に行動し

作っていく暮らしや文化に

 

子どもたちは時代を生き抜く姿勢を肌で学べる

 

良い子どもを育てるためにはこうしたらいい

というテクニックが当たり前のように周知されている昨今ではありますが、

結局は大人がどう生きるかに尽きるのだと思っています。

 

ちんたら村での子育ての場は

そんな大人たちで満たされる

大人たちが生き生きと活動をしている姿が

土台となって、子どもたちがのびのびと育つ

 

これがベースとなってそれぞれがちんたら暮らせるのを理想としています。

 

これからも村づくりは進んでいきますが

この理想を一緒に追ってくれる人たちが集まる村にしていきたいと思います🙏

 

自分のちんたらを大切に

人のちんたらも大切に